双極性障害の人は生きづらい。
まさに僕が実感していることだ。
生きづらいゆえに自殺しようとする人も多く、さらに成功してしまう人もうつ病の人に比べてかなり高いらしい。
この話を聞いて、ああ、そらそうだろうね、と思う。
僕が死にたいと真剣に思った瞬間、自殺企図に至ったとしたら、確実に成し遂げているだろうという自信がある。
単なる鬱と違って行動力があるのが、双極性障害の困ったところだ。
自分では止められない力で、悪い方向に一気にアクセルを踏んでしまう。
身の回りに双極性障害の人がいる場合、気をつけたいのは、めっちゃ元気そうな後、とめっちゃしんどそうな後だろう。
完全にうつ状態にある時は、それほどパワーがないが、下がりはじめと上がりはじめには十分すぎるパワーがある。
今、僕は自死しないつもりでいるけど、上がったり下がったりしているので、その決意がどこまで確かなものかは自信がない。
僕の場合の心のブレーキは、母親の存在だ。
僕は父を早くに亡くしていて、その時の祖母の様子を見ているだけに、母より早く死ねないという思いがある。
また若くして自死した友達のお母さんの姿をも僕は見ている。
あんな可哀想な思いを自分の母親にさせることは、どうしてもできない。
それだけ。
それだけが、僕が死ねない理由だ。
でもこの楔のおかげで、今のところ生きている。
生きているから、この文章をこの世に残すことができている。
この文章を読んでいるあなたは、そういう奇跡を目の当たりにしている、と言ったら大袈裟だろうか。
僕は、全然立派な人でもなく、誰の役にも立たず、人に迷惑をかける存在でしかないが、コレを読んだ人にだけは伝えたい。
誰の命も何よりも尊く、その尊さは何があっても失われないということ。
僕の命はけがれてしまっているかもしれないが、それでも尊い。
コレだけは信じているし、そのことを誰か一人にでも伝えたい。